M&Aの仕事内容

M&Aとは? 目的・手法・流れから企業価値評価・税務まで徹底解説

M&Aとは? 目的・手法・流れから企業価値評価・税務まで徹底解説

「M&A」という言葉を、ビジネスニュースや新聞で目にしない日はないといっても過言ではありません。かつては「乗っ取り」といったネガティブなイメージで語られることもあったM&Aですが、現代の日本経済においては、企業の存続と成長を支えるもっとも一般的かつ重要な「経営戦略」の一つとしての地位を確立しました。

しかし、言葉としては浸透したものの、その具体的な意味や目的、複雑なプロセス、あるいは発生するリスクについて、正確かつ体系的に理解している方はまだ多くないかもしれません。

M&A業界は、高い専門性と報酬水準から、就職・転職市場で注目を集めています。

しかし、M&Aアドバイザーとして活躍するためには、まず「M&Aとは何か」を正確に理解することが不可欠です。

本記事では、M&A業界を目指す方に向けて、M&Aの基本的な定義から、市場の現状、主要な手法、実務プロセス、そして企業価値評価や税務といった専門知識まで、体系的に解説します。業界研究や面接対策の基礎として活用してください。

目次

M&Aの基礎知識

まずは、M&Aという言葉の正確な意味と、その適用範囲、そして日本における最新の市場動向について解説します。

M&Aとは?その基本的な定義(合併と買収)

M&Aとは、「Mergers(合併)」「Acquisitions(買収)」の頭文字を取った略称です。直訳すれば「企業の合併と買収」となりますが、日本における実務上の意味合いはもう少し広く、そして柔軟です。

  • Mergers(合併): 2つ以上の会社が法的に統合され、1つの会社になることを指します。これには、一方の会社が存続し他方を吸収する「吸収合併」と、新しい会社を設立して共に消滅・合流する「新設合併」があります。合併は組織が完全に一体化するため、強力なシナジーが期待できる反面、企業文化の統合などに多大なエネルギーを要します。
  • Acquisitions(買収): ある企業がほかの企業の株式や事業資産を買い取ることを指します。会社そのものを買う「株式譲渡」や、特定の事業部門だけを買う「事業譲渡」などがこれに含まれます。現在の日本の中小企業M&Aにおいては、この「買収」が圧倒的多数を占めています。

これらを総称したM&Aは、単なる法的な手続き論ではありません。日本では特に、「企業の存続と発展のために、事業のバトンを第三者へつなぐ事業の引き継ぎ」という機能的な意味合いで広く認識されています。後継者がいない企業が、M&Aを通じて大手企業や意欲ある個人の手に経営を委ねることで、従業員の雇用を守り、取引先との関係を維持する。M&Aは、まさに「企業を次世代へ残すための友好的な手段」として定着しているのです。

 M&Aの範囲

「どこからどこまでがM&Aなのか?」という疑問を持つ方も多いでしょう。ビジネスにおける他社との協力関係は多岐にわたりますが、一般的には結合の強さに応じて以下の3つの階層で整理することができます。M&Aはこのうち、もっとも結合度の高い「狭義のM&A」と、資本関係を伴う「広義のM&A」を指します。

階層名称具体的な手法特徴
① 狭義のM&A合併・買収・株式譲渡
・事業譲渡
・合併
・会社分割
・株式交換
【経営権の移転】一方の企業が他方の経営権を取得し、
完全に支配下に置くこと。もっとも強力な統合形態。
② 広義のM&A資本提携・第三者割当増資
・株式持ち合い
【資本関係の構築】経営権の移転までは行わないが、株式を持ち合うことで強固な協力関係を築くこと。通常、出資比率は数%~20%未満がもっとも一般的です。
33.4%を超えると株主総会の特別決議を単独で否決できる「拒否権」を持つため、単なる提携ではこのラインを超えないようにします。
③ M&A非該当業務提携・技術提携
・販売提携
・共同開発
・OEM契約
【契約ベースの協力】資本(株式)の移動を伴わず、契約のみに基づいて業務上の協力を行うこと。解消が容易でリスクが低い反面、拘束力も弱い。

本記事で扱う「M&A」は、主に①の「合併・買収」、すなわち経営権の移転を伴う取引を中心として解説します。

日本のM&Aの現状と件数の推移

日本のM&A市場は、現在かつてないほどの活況を呈しています。

株式会社レコフデータの調査によれば、2024年の日本企業が関与するM&A件数は4,700件(公表ベース)に達し、前年に比べて17.1%増加しました。これは過去最多の記録であり、日本のM&A市場が右肩上がりの成長を続けていることを客観的な数字が証明しています。

【日本企業のM&A件数推移(公表ベース)】

  • 2021年:4,280件
  • 2022年:4,304件
  • 2023年:4,015件
  • 2024年:4,700件(過去最多)

この数字は、新聞やニュースリリースで公表された案件のみを集計したものであり、水面下で行われている中小企業の非公表M&Aを含めると、実際の件数は数万件規模に達すると推計されています。中小企業庁が管轄する「事業承継・引継ぎ支援センター」における成約件数だけでも、2023年度には2,000件を超えており、公的機関を通じた小規模なM&Aも着実に増加しています。

また、M&A市場の拡大に伴い、仲介を行う専門企業の規模も急拡大しています。

例えば、業界大手の株式会社ストライクは2024年9月期の売上高が約181億円に達し、同じく大手のM&Aキャピタルパートナーズ株式会社は、社員の平均年収が2,277万円(2024年9月期)と、全上場企業の中でもトップクラスの水準を誇っています。

これらのデータは、M&Aがいかに大きな経済的価値を生み出し、多くの企業や人材がこの分野に参入しているかを示唆しています。

出典:
株式会社ストライク「2024年9月期 有価証券」
M&Aキャピタルパートナーズ株式会社「有価証券」

M&A市場が拡大する構造的要因

なぜ、これほどまでにM&Aが増加しているのでしょうか。その背景には、一過性のブームではない、日本の産業構造に根差した2つの大きな要因があります。

① 深刻な「後継者不足」問題(2025年問題)

日本の中小企業経営者の年齢分布のピークは70歳近くに達しており、いわゆる「団塊の世代」の経営者が引退時期を迎えています。しかし、少子化や職業観の変化により、親族内に後継者がいない企業が約6割にも上ります。黒字で優良な技術を持っているにもかかわらず、後継者がいないために廃業せざるを得ない「黒字廃業」が社会問題化しており、その解決策として「第三者への承継(M&A)」が唯一の現実的な選択肢となっているのです。

② 国の強力な政策支援

国もこの状況を重く見て、M&Aを強力に推進しています。中小企業庁は「事業承継・引継ぎ支援センター」を全国に設置し、相談体制を整備しました。また、「事業承継・引継ぎ補助金」などの金銭的支援策を拡充し、M&Aにかかる仲介手数料やデューデリジェンス費用の一部を補助する仕組みを整えています。さらに、M&A仲介会社の手数料などに関するガイドラインを策定し、透明性の向上を図るなど、中小企業が安心してM&Aに取り組める環境づくりが進んでいます。

これらの要因に加え、近年では「ホールディングス化」によるM&A活用の高度化も見られます。買い手企業が持株会社をつくり、買収した企業をその傘下にぶら下げることで、買収された企業のブランドや独立性を保ちつつ、グループ全体の経営効率を高める手法です。これにより、M&Aに対する「吸収される」という抵抗感が薄れ、より柔軟な提携が進んでいます。

M&Aのメリット・デメリット(売り手・買い手別)

M&Aは、売り手と買い手の双方に明確なメリットがあるからこそ成立する取引です。しかし、光があれば影があるように、注意すべきデメリットやリスクも存在します。ここでは、それぞれの立場から見たM&Aの損得勘定を詳細に分析します。

【売り手側】M&Aの主なメリット

売り手企業、特にオーナー経営者にとってのM&Aは、長年育ててきた会社を託す「出口戦略」としての意味合いを持ちます。

  1. 後継者問題の抜本的解決 最大かつ最重要のメリットです。親族や社内に適任者がいなくても、M&Aで外部の意欲ある企業に経営を引き継ぐことで、会社を存続させることができます。「廃業」という最悪のシナリオを回避し、自社の技術やブランドを後世に残せる点は、経営者にとって何物にも代えがたい安心感となります。
  2. 創業者利益の獲得 多くの中小企業では、オーナー経営者が自社株の大半を保有しています。M&Aによって株式を現金化することで、創業者は多額の現金(創業者利益)を手にすることができます。これは、引退後の豊かなセカンドライフの資金となるだけでなく、新たな事業への投資資金としても活用可能です。退職金と株式譲渡益を組み合わせることで、税務メリットを享受しながら手取り額を最大化するスキームも一般的です。
  3. 従業員の雇用維持とキャリアアップ 廃業を選べば、従業員は解雇され、路頭に迷うことになります。M&Aであれば、雇用契約は原則としてそのまま買い手企業に引き継がれます。さらに、買い手が大手企業であれば、給与水準の向上や福利厚生の充実、より大きなフィールドでのキャリア形成など、従業員にとってもプラスの変化が期待できます。
  4. 個人保証からの解放 多くの中小企業経営者は、会社の借入金に対して個人で連帯保証を行っています。これが精神的な重圧となり、引退を躊躇させる要因となっています。M&Aで株式を譲渡する場合、一般的に会社の借入金とともに個人保証も買い手企業(またはその経営者)に引き継がれるか、借入金そのものが返済されます。これにより、創業者は借金の重圧から完全に解放され、平穏な引退生活を送ることができます。

【買い手側】M&Aの主なメリット

買い手企業にとってのM&Aは、自社の成長を加速させるための「投資」です。

  1. 「時間」の短縮 新規事業を一から立ち上げる場合、人材の採用・教育、設備の導入、販路の開拓、ブランドの構築などに膨大な時間とコストがかかります。M&Aであれば、これらすべてが「すでにそろった状態」で手に入ります。数年かかるはずの事業基盤を一日で手に入れることができる、まさに「時間を買う」行為がM&Aの最大のメリットです。
  2. 市場シェアの拡大とスケールメリット 同業他社を買収する場合、単純に売上高と市場シェアが加算されます。業界内での地位が向上するだけでなく、仕入れ量の増加による調達コストの削減や、物流・管理部門の共通化によるコスト削減といったスケールメリットが享受できます。
  3. 優秀な人材・技術・ノウハウの獲得 少子高齢化が進む日本において、優秀な人材の確保は極めて困難です。M&Aを行えば、特定の技術を持った熟練の職人や、有資格者、営業力のある人材をまとめて確保できます。また、特許技術や独自のノウハウ、許認可など、一朝一夕には手に入らない無形資産を獲得できる点も大きな魅力です。
  4. 弱点の補完とシナジー効果 自社にない機能を持つ企業を買収することで、弱点を補強できます。例えば、「技術力はあるが営業力が弱いメーカー」が「強力な販売網を持つ商社」を買収すれば、技術と販売の掛け合わせによる売上の爆発的な増加(クロスセリング)が期待できます。このように、1+1が2以上になる効果を「シナジー効果」と呼びます。

【売り手側】M&Aの主な注意点とデメリット

一方で、売り手には以下のようなリスクや心理的なハードルが存在します。

  1. 希望条件で売却できるとは限らない M&Aは相手あっての取引です。自社を高く評価してくれる買い手が見つからなければ、希望する売却価格や条件(従業員の処遇など)で成約することはできません。特に、財務状況が悪化している場合や、特定の経営者に依存しすぎている企業は、買い手が見つかりにくい傾向があります。
  2. 情報漏えいのリスク M&Aの検討事実は、成約するまで極秘事項です。もし交渉中にうわさが広まってしまうと、「あの会社は身売りするらしい」「経営が危ないのではないか」といった憶測を呼び、従業員の動揺や退職、取引先からの信用失墜、銀行の融資姿勢の硬化など、本業に甚大な被害を及ぼす可能性があります。
  3. 企業文化の違いによる摩擦 M&A成約後、買い手企業の傘下に入ることになりますが、これまで培ってきた社風ややり方が変わることに対し、従業員がストレスを感じる場合があります。最悪の場合、キーマンとなる従業員が離職してしまい、企業価値が毀損するリスクがあります。
  4. ロックアップ期間の拘束 買い手側の意向により、前経営者に対して、M&A後も一定期間(1~3年程度)会社に残り、顧問や取締役として引き継ぎを行うことが条件となる場合があります。完全に引退してすぐに海外移住したい、といった希望がある場合、これが制約となることがあります。

【買い手側】M&Aの主な注意点とデメリット

買い手にとっても、M&Aは巨額の資金を投じるリスクの高い投資です。

  1. 簿外債務や偶発債務の引き継ぎリスク 貸借対照表に載っていない債務や、将来発生するかもしれない損害賠償請求権、未払いの残業代などが、買収後に発覚するリスクがあります。株式譲渡の場合、会社を丸ごと引き継ぐため、こうした「隠れた負債」もすべて背負い込むことになります。これを防ぐためには、買収前の詳細な調査が不可欠です。
  2. PMIの失敗と減損リスク M&Aでもっとも恐ろしいのが、PMIの失敗です。買収後、組織の統合がうまくいかず、期待していたシナジー効果が出ないばかりか、優秀な人材が流出してしまうケースがあります。 特に、買収価格が純資産を上回る場合に計上される「のれん(営業権)」は、将来の収益力を期待して支払うプレミアムですが、計画どおりの利益が出なければ、この「のれん」を一気に損失処理(減損損失)しなければならず、買い手企業の決算に巨額の赤字をもたらす可能性があります。
  3. 高値つかみのリスク 競合他社との入札競争になった場合など、どうしてもその会社が欲しいあまり、適正な企業価値を超えた高値で買収してしまうことがあります。投資回収に想定以上の時間がかかり、結果としてM&Aが失敗に終わる要因となります。

M&Aメリット・デメリット比較まとめ

売り手と買い手、それぞれの視点での主要なメリットとデメリットを以下の表にまとめました。M&Aを検討する際は、これらの要素を天びんにかけ、慎重に判断することが求められます。

項目売り手(譲渡企業)の視点買い手(譲受企業)の視点
最大のメリット【後継者問題の解決】事業の存続と従業員の雇用を守れる。【創業者利益】株式の現金化によるハッピーリタイア。【時間を買う】事業立ち上げにかかる時間を大幅短縮。【成長加速】シェア拡大、人材・技術の即時獲得。
そのほかのメリット・個人保証の解除・会社のさらなる成長・事業ポートフォリオの整理・規模の経済(スケールメリット)・弱点の補完とシナジー創出・ライバルの排除
主なリスク・デメリット・情報漏えいによる信用毀損・希望条件での不成立・従業員の離職やモチベーション低下・ロックアップによる一定期間の拘束・簿外債務、未払い残業代の発覚・PMIの失敗(文化の不適合)・人材流出による企業価値毀損・のれんの減損損失による業績悪化

M&Aの主要な手法

M&A(企業の合併・買収)には、達成したい目的や企業の状況、税務上のメリット・デメリットに応じて、多種多様な手法が存在します。「会社を売る」といっても、会社の株式そのものを手放すのか、あるいは特定の事業だけを切り出して売るのかによって、手続きの複雑さや最終的な手取り額、引き継がれるリスクの範囲が大きく異なります。

ここでは、日本の中小企業M&Aで頻繁に利用される主要なスキームについて、その仕組みと特徴を詳細に解説します。

【株式取得】株式譲渡

「株式譲渡」は、現在の中小企業M&Aにおいてもっとも一般的に利用される手法です。売り手企業の株主が保有する株式を、買い手企業に譲渡し、その対価として現金を受け取る取引です。これにより、会社の経営権が株主から買い手へと移動します。会社という「法人格」そのものはそのまま存続し、株主だけが入れ替わるイメージです。

メリット

  1. 手続きの簡便さ: 最大のメリットは手続きがシンプルであることです。基本的には株式譲渡契約を締結し、株主名簿を書き換えるだけで手続きが完了します。従業員の再雇用契約や、取引先との契約巻き直し、許認可の再取得などが原則として不要であるため、ほかのスキームに比べて短期間でクロージングまで進めることができます。
  2. 売り手個人の手取り最大化: 売り手が個人の場合、譲渡益に対する税金は「申告分離課税」となり、税率は一律20.315%(所得税+住民税+復興特別所得税)です。事業譲渡などで法人税(約30~34%)や配当課税(最大約55%)がかかる場合に比べ、税務上のメリットが大きく、創業者利益を確保しやすい手法です。
  3. 会社の独立性が保たれる: 会社自体は存続するため、社名やブランド、従業員の雇用条件などがそのまま維持されやすく、現場の混乱を最小限に抑えることができます。

デメリット

  1. 簿外債務・偶発債務の引き継ぎ: 会社を丸ごと引き継ぐため、買い手は貸借対照表に載っていない「簿外債務」や、将来発生するかもしれない「訴訟リスクなど」もすべて承継することになります。買い手にとっては、事前のデューデリジェンスが極めて重要になります。
  2. 不要資産の引き継ぎ: 事業に関係のない資産も会社の中に含まれている場合、それらもまとめて引き継ぐことになります。これらは通常、M&A実行前に売り手側で買い取るか、処分して現金化しておく調整が必要です。

【事業の取得】事業譲渡

「事業譲渡」は、会社全体ではなく、特定の「事業部門」や「資産(工場、店舗、ノウハウ、顧客リストなど)」を選んで売買する手法です。売り手企業は、事業を売却した後も法人として存続し、売却代金は株主個人ではなく「売り手法人」に入ります。

メリット

  1. 必要なものだけを選別できる: 買い手は、欲しい事業や資産だけを選んで取得し、不要な資産や負債を引き継がないことができます。特に、簿外債務や偶発債務のリスクを遮断できる点は、買い手にとって強力なメリットです。
  2. 不採算部門の切り離し: 売り手にとっては、赤字部門やノンコア事業だけを売却し、得た資金を主力事業に再投資するといった「事業ポートフォリオの再構築」に適しています。

デメリット

  1. 手続きが非常に煩雑: 株式譲渡とは異なり、従業員一人ひとりとの再雇用契約の締結、取引先との契約の巻き直し、許認可の再取得などが必要になります。また、不動産や車の名義変更登記なども個別に行う必要があり、実務負担が非常に重くなります。
  2. 不税務コストが高い: 売り手が法人の場合、売却益に対して法人税(約30~34%)が課税されます。さらに、消費税の課税取引となるため、買い手は建物や営業権などの対価に対して消費税(10%)を上乗せして支払う必要があり、資金負担が増大します。
  3. 競業避止義務: 会社法により、事業を譲渡した会社は、同一の市町村および隣接する市町村において、20年間は同一の事業を行ってはならないという「競業避止義務」を負います。

株式譲渡と事業譲渡の違い

もっとも頻繁に比較されるこれら2つの手法について、実務上の違いを決定づける要素を詳細な比較表で整理しました。どちらを選択するかによって、M&Aの難易度や最終的な手取り額が劇的に変わります。

比較項目株式譲渡事業譲渡
取引の対象会社そのもの(株式)特定の事業資産
(モノ・人・権利)
契約の当事者売り手株主 ⇔ 買い手企業売り手企業 ⇔ 買い手企業
対価の受取人株主(個人であれば個人口座へ)売り手企業(法人口座へ)
資産・負債の承継すべて包括的に承継(簿外債務リスクあり契約で指定したもののみ承継(リスク遮断可
従業員の雇用そのまま引き継がれる(再契約不要)いったん退職し、買い手と再契約が必要(同意必須)
取引先との契約原則そのまま承継個別に同意取得・再契約が必要
許認可原則そのまま承継
(※一部例外あり)
原則再取得が必要
(※旅館業など一部承継可)
消費税非課税課税(土地・有価証券などを除く資産・のれん等)
売り手への課税所得税等 20.315%(個人の場合)法人税等 約30~34%(法人の場合)
株主総会の決議原則不要(取締役会決議で可 ※譲渡制限株式除く)事業の全部または重要な一部の譲渡には特別決議が必要
活用シーン事業承継、完全子会社化事業の切り離し、再生案件(債務リスク回避)

【組織再編】合併(吸収合併・新設合併)

「合併」は、2つ以上の会社を法的に1つの会社に統合する手法です。

  • 吸収合併: 一方の会社(存続会社)がもう一方の会社(消滅会社)の権利義務をすべて包括的に承継(包括承継)し消滅会社は解散します。実務上はこちらが主流です。
  • 新設合併: 新しい会社を設立し、すべての当事会社が解散して新会社に権利義務を承継させます。許認可の取り直しなど手続きが煩雑なため、あまり利用されません。

組織が完全に一体化するため、管理部門の統合によるコスト削減や、人材交流の活発化など、もっとも強力なシナジー効果が期待できます。一方で、給与体系や人事制度、企業文化の統合には多大な労力と時間を要し、従業員の反発(摩擦)も起きやすくなります。中小企業のM&Aでは、まずは「株式譲渡」で子会社化し、数年かけて体制を整えてから「吸収合併」を行うという2段階のプロセスを踏むケースも多く見られます。

【組織再編】会社分割(吸収分割・新設分割)

「会社分割」は、会社のある事業部門を切り出して、ほかの会社に承継させる手法です。事業譲渡と似ていますが、法的な「包括承継」である点が異なります。

  • 吸収分割: 既存の他社に事業を移す手法。グループ内再編や、M&Aにおける事業買収で利用されます。
  • 新設分割: 新しく設立する会社に事業を移す手法。M&Aの前に、売りたい事業だけを新設会社に移し、その新設会社の株式を譲渡するといったスキームで活用されます。

事業譲渡と比較して、雇用契約や取引契約を包括的に承継できるため、手続きの手間を多少軽減できるメリットがあります。また、税制適格要件を満たせば、課税を繰り延べることができるなど、税務上のメリットを受けられる場合もあります。高度な専門知識が必要となるスキームです。

そのほかの手法(株式交換、第三者割当増資など)

  • 株式交換: 買い手企業が自社の株式を対価として、売り手企業の株式を100%取得し、完全子会社化する手法です。現金を必要としないため、手元資金が少ない場合でも大型買収が可能になります。売り手株主は買い手企業の株主となります。
  • 第三者割当増資: 売り手企業が新株を発行し、それを買い手企業が引き受ける手法です。売り手企業に資金が入るため、財務基盤の強化や設備投資資金の調達を目的とした「再生案件・成長投資・資本提携」など幅広く活用されます。経営権の移転比率(議決権割合)を調整しやすいのも特徴です。

M&Aの実行プロセスと成功のポイント

M&Aは、思い立ってすぐにできるものではありません。検討開始から最終的なクロージングまで、一般的に半年から1年、長い場合は数年かかることもあります。

ここでは、M&Aのプロセスを「準備」「マッチング・交渉」「最終契約」「統合」の4つのフェーズに分け、各段階で何を行うべきか、そしてどこに落とし穴があるのかを、時系列に沿って徹底解説します。

M&Aプロセス全体の流れ

M&Aのプロセスは、多くの候補先から最適な1社へと絞り込んでいく「ファネル構造」になっています。

  1. ロングリスト:数十社の候補先リストアップ
  2. ショートリスト:打診可能な数社への絞り込み
  3. トップ面談:2~3社との経営者面談
  4. 基本合意:1社との独占交渉権の締結
  5. 成約:最終契約の締結

この流れの中で、徐々に情報の開示度合いを高め、相互理解を深めていきます。

【フェーズ1】準備・戦略策定

すべての出発点となる重要なフェーズです。ここでボタンを掛け違えると、M&Aは迷走します。

  • 目的の明確化: 「なぜM&Aをするのか?」を言語化します。後継者不在の解消なのか、創業者利益の確保なのか、従業員の雇用維持なのか。優先順位を決めておかないと、条件交渉で迷いが生じます。
  • M&Aアドバイザーの選定: M&Aは高度な専門知識を要するため、仲介会社やFA(ファイナンシャル・アドバイザー)との契約が必須です。自社の業界に詳しいか、実績は豊富か、担当者との相性はよいかを見極めて選定します。
  • 必要資料の準備と企業価値算定: 決算書(直近3期分)、税務申告書、組織図、定款などの基礎資料を準備します。これに基づき、アドバイザーが簡易的な企業価値評価(株価算定)を行い、「いくらくらいで売れそうか」という目線感を把握します。
  • ノンネームシート(ティーザー)とIM(企業概要書)の作成: 買い手候補に打診するための資料を作成します。最初は社名を伏せた「ノンネームシート」を作成し、興味を持った相手にだけ、秘密保持契約を結んだ上で詳細な「IM(インフォメーション・メモランダム)」を開示します。IMの出来栄え(自社の強みや将来性をどれだけ魅力的に描けるか)が、よい買い手と巡り会えるかを左右します。

【フェーズ2】マッチング・交渉(NDA・トップ面談・基本合意)

いよいよ相手探しと具体的な交渉に入ります。

  • 候補先の選定(ロングリスト・ショートリスト): アドバイザーのネットワークやデータベースを活用し、シナジーが見込める買い手候補をリストアップします。同業種だけでなく、周辺業種や異業種からの参入ニーズも検討します。
  • 打診と秘密保持契約(NDA): ノンネームシートを用いて匿名で打診を行います。興味を示した候補先と「秘密保持契約(NDA)」を締結し、初めて社名や詳細な財務情報を開示します。
  • トップ面談: 書類選考を通過した候補先と、経営者同士が直接会って話をします。これは条件交渉の場ではなく、「お見合い」の場です。経営理念、ビジョン、人間性、お互いの相性を確認し、信頼関係を構築することが目的です。ここで「この人に会社を託したい」「この会社と一緒にやりたい」と思えるかどうかが、成約への最大の鍵となります。
  • 意向表明書(LOI)の提示: 買い手企業から、買収の意向、希望価格、条件、スケジュールなどが記載された「意向表明書」が提出されます。売り手は複数の候補から条件を比較検討し、もっともよい条件を提示した1社を選定します。
  • 基本合意書(MOU)の締結: 売り手と買い手の間で、M&Aに向けた基本的な合意事項を確認する契約書です。通常、買い手に対して一定期間(3カ月程度)の「独占交渉権」を付与します。ここから先は、ほかの候補先との交渉はできなくなります。

【フェーズ3】デューデリジェンスの実施

基本合意後、買い手による詳細な調査「デューデリジェンス(DD)」が行われます。これは、買収監査とも呼ばれ、買い手が公認会計士や弁護士などの専門家を派遣し、売り手企業の実態を徹底的に調べるプロセスです。

  • 財務DD: 粉飾決算はないか、在庫の評価は適正か、回収不能な売掛金はないか、簿外債務はないか等を調査します。買収価格に直結するもっとも重要な調査です。
  • 法務DD: 株式の権利関係、取引基本契約書の内容、係争中の訴訟リスク、未払い残業代の有無、許認可の状況などを調査します。
  • ビジネスDD: 市場の将来性、競合環境、顧客との関係性、技術力の源泉などを調査し、事業計画の実現可能性を検証します。
  • 人事・労務DD: 給与体系、退職金制度、キーマンの能力、組織風土などを調査します。

売り手にとっては、過去の資料を大量に提出したり、質問攻めにあったりと、非常に負担の大きい期間(通常1~2カ月)ですが、ここで虚偽の回答をしたり情報を隠したりすると、後で損害賠償請求の対象となるため、誠実に対応することが求められます。

【フェーズ4】最終契約とクロージング

DDの結果を踏まえ、最終的な条件を確定させます。

  • 最終条件交渉: DDで発見されたリスク事項に基づき、買収価格の減額調整や、クロージングの前提条件などの交渉が行われます。
  • 最終契約書(DA/SPA)の締結: 法的拘束力を持つ最終的な契約書です。譲渡価格、譲渡日、表明保証(開示した情報が真実であることを保証する条項)、補償条項、解除条件、役職員の処遇、競業避止義務など、すべての取り決めが詳細に記載されます。一度締結すると後戻りはできないため、弁護士のリーガルチェックを経て慎重に調印します。
  • クロージング(決済・引き渡し): 契約に基づき、買い手が代金を支払い、売り手が株式(または事業)を引き渡す手続きです。着金確認と同時に、株券の交付や会社代表印の引き渡し、役員の選任登記などを行い、名実ともに経営権が移転します。この日をもって、M&A取引自体は完了します。

【フェーズ5】PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)

M&Aは成約がゴールではありません。成約はあくまで「スタート」です。M&Aの成否を決めるのは、成約後の統合プロセス、すなわち「PMI(Post Merger Integration)」です。

  • 経営統合: 経営方針、管理会計、稟議制度、ITシステム、人事評価制度などを統合します。
  • 業務統合: 仕入れの共通化、製造ラインの統廃合、販売チャネルの相互利用など、具体的なシナジー創出に向けた施策を実行します。
  • 意識統合: もっとも難しく重要なのが「人の心」の統合です。異なる企業文化を持つ従業員同士が融和し、新しい組織への帰属意識を持てるよう、対話集会や交流会、ビジョンの共有を丁寧に行います。PMIは「最初の100日(100日プラン)」が勝負といわれており、この期間にどれだけスピード感を持って改革を進められるかが成功の分水嶺となります。

M&Aの実務知識(企業価値評価・費用・税務)

M&A(企業の合併・買収)を検討する際、経営者がもっとも気にするのは「一体いくらで売れるのか」、そして「手数料や税金を引いて手元にいくら残るのか」というお金の問題でしょう。

これらの数字は、感覚で決まるものではありません。金融論に基づく理論的な「企業価値評価」、業界慣行として定着している「手数料体系」、そして選択するスキームによって劇的に変わる「税務ルール」によって算出されます。

第3部では、M&Aの成否を握るこれらの実務的な数字の裏側について、専門的な視点から徹底的に解説します。

【企業価値評価】バリュエーションが重要な理由

企業価値評価(バリュエーション)とは、対象となる企業の「値段」を算定するプロセスです。

M&Aの最終的な取引価格は、売り手と買い手の交渉によって決まります。売り手は「少しでも高く売りたい」、買い手は「少しでも安く買いたい」と考えるのが当然であり、その交渉の出発点となる客観的な「モノサシ」が企業価値評価です。

もし、この評価が不適切であれば、売り手は安く買いたたかれて損をするか、逆に法外な高値を提示して交渉が決裂する(ディールブレイク)ことになります。適正な評価額を知ることは、M&A戦略の第一歩です。

企業価値評価の3つのアプローチ

企業価値を算定する方法は、何を基準にするかによって大きく3つのアプローチに分類されます。コスト・アプローチ(純資産法)

1.コスト・アプローチ(純資産法)

企業の「持っている資産」に着目する方法です。貸借対照表(B/S)の純資産(資産-負債)をベースに価値を算出します。

  • 簿価純資産法: 帳簿上の数字をそのまま使う方法。
  • 時価純資産法: 保有する不動産や有価証券などを時価で評価し直し、含み益や含み損を反映させる方法。客観性が高く、中小企業M&Aでもっとも重視されます。

2.マーケット・アプローチ(市場株価法・類似会社比準法)

「市場の相場」に着目する方法です。

  • 市場株価法: 上場企業の場合、日々の株価を基準にします。
  • 類似会社比準法(マルチプル法): 評価対象企業と似た業種・規模の上場企業を選び、その株価倍率(PERやEBITDA倍率など)を参考にして価値を算出する方法です。「あの上場企業が利益の10倍で評価されているから、ウチも利益の10倍程度の価値があるはずだ」という考え方です。客観性が高く、納得感を得やすいため広く利用されます。

3.インカム・アプローチ(DCF法など)

企業の「将来稼ぐ力」に着目する方法です。

  • DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法): 将来生み出すと予測されるフリーキャッシュフロー(現金収支)を、リスクに応じた割引率で現在の価値に割り引いて算出する方法です。理論的にはもっとも優れた方法とされますが、将来の事業計画(通常3~5年分)の精度に大きく依存するため、計画が恣意的であれば評価額も大きく変動するという欠点があります。

中小企業M&Aの評価方法と「年倍法」

大企業のM&Aでは、複雑なDCF法や類似会社比準法が用いられますが、中小企業のM&Aにおいては、より簡便で分かりやすい「年倍法(年買法)」と呼ばれる独自の手法が広く採用されています。

【計算式】

M&A価格(株式価値) = 時価純資産 + 営業権(のれん) 

営業権(のれん) ≒ 実質営業利益 × 2 ~ 5年分

  • 時価純資産: 会社が今解散した場合に残る価値(解散価値)。
  • 営業権(のれん): 会社が持つブランド力、技術力、顧客基盤などの「目に見えない超過収益力」。中小企業M&Aでは、直近の「実質営業利益(役員報酬の修正などを加味した真の利益)」の数年分を営業権として加算するのが通例です。何年分を加算するかは、業種や成長性、特許の有無などによって変動しますが、一般的には2~3年、人気業種であれば5年程度とされます。

中小企業には精緻な中期経営計画が存在しないことが多く、DCF法の適用が困難であることが、この方法が用いられる理由です。また、経営者にとっても「今の会社の資産価値+向こう数年分の利益」という計算式は直感的に理解しやすく、売り手・買い手双方の合意形成が得られやすいため、実務の現場では事実上のスタンダードとなっています。

【費用】M&Aアドバイザーの種類(仲介とFA)

M&Aを進めるにあたり、専門家のサポートは不可欠です。依頼する専門家(M&A業者)には、大きく分けて2つの立場があります。

1.仲介会社(Intermediary)

売り手と買い手の「両方」と契約し、中立的な立場で交渉をまとめる役割です。日本のM&A専門会社の多く(日本M&Aセンター、ストライク、M&Aキャピタルパートナーズなど)はこの形態をとります。

  • メリット:両者の妥協点を探りながら友好的に話を進めるため、成約率が高く、スピードが速い傾向があります。
  • デメリット:「利益相反」のリスクがあります。例えば、売り手が「高く売りたい」と思っても、仲介者は成約を優先して「少し値を下げてはどうか」と提案する可能性があります。

2.FA(ファイナンシャル・アドバイザー)

売り手または買い手の「どちらか一方」とのみ契約し、依頼主(クライアント)の利益最大化のために動く役割です。銀行や証券会社、外資系投資銀行などがこれに該当します。

  • メリット:クライアントの味方として、徹底的に有利な条件(価格のつり上げや買収価格の引き下げ)を追求してくれます。
  • デメリット:お互いの主張がぶつかり合うため、交渉が難航しやすく、仲介に比べて成約までの期間が長引く傾向があります。

M&Aの手数料体系とレーマン方式

M&A仲介会社やFAに支払う報酬は、一般的に以下の3つで構成されます。

  1. 着手金:契約時に支払う手付金(数十万円~数百万円)。最近は「着手金無料」の会社も増えています。
  2. 中間金:基本合意締結時などに支払う固定額、または成功報酬の一部。
  3. 成功報酬:M&Aが成約(クロージング)した時点で支払う報酬。総額の大部分を占めます。

この成功報酬の計算には、世界的な標準規格である「レーマン方式」が用いられます。取引金額に応じて、以下の料率を掛け合わせて算出します。

取引金額(基準額)の部分料率
5億円以下の部分5%
5億円超 ~ 10億円以下の部分4%
10億円超 ~ 50億円以下の部分3%
50億円超 ~ 100億円以下の部分2%
100億円超の部分1%

【専門家の視点:ここが落とし穴】

料率は同じでも、「何に対して料率を掛けるか(基準額の定義)」によって、支払う手数料が倍近く変わることがあります。

  • 株式価値ベース(株価レーマン): 売り手が受け取る「株式譲渡代金」を基準にする。手数料は安くなる傾向。
  • 移動総資産ベース(総資産レーマン): 株式譲渡代金に「会社の負債総額」を加えた金額を基準にする。負債が大きい会社の場合、手数料が跳ね上がります。 契約前に、必ず「どの基準を採用しているか」を確認することが、無用なトラブルを避けるポイントです。

【税務】スキームによって税金がまったく異なる理由

M&Aの対価を受け取った際、必ず税金が発生します。重要なのは、「誰が受け取るか(個人か法人か)」と「何を売ったか(株式か事業か)」によって、税率と手取り額が激変する点です。

売り手が「個人株主」の場合、M&Aで得た利益は「譲渡所得」とみなされ、申告分離課税が適用されます。

税率:一律 20.315%(所得税15% + 住民税5% + 復興特別所得税0.315%)

給与所得や事業所得のような「累進課税(所得が高いほど税率が上がり、最大約55%になる)」とは異なり、どれだけ巨額の利益(例えば10億円)を得ても税率は約20%で固定です。これは、創業者にとって極めて大きな税務メリットであり、多くの経営者が株式譲渡を選択する最大の理由です。

(※売り手が法人の場合は、通常の法人税等が課税されます。)

事業譲渡の場合の税務(売り手法人への課税と消費税)

事業譲渡の場合、売却代金を受け取るのは「売り手企業(法人)」です。したがって、利益に対して法人税等(実効税率で約30~34%)が課税されます。

さらに、事業譲渡は「資産の売買」とみなされるため、消費税が発生します。

  • 課税対象:棚卸資産、有形固定資産(建物、車両、機械など)、無形固定資産(特許権、営業権/のれん)。
  • 非課税:土地、有価証券、債権。

特に注意が必要なのが「のれん」です。M&A代金に数億円ののれんが含まれる場合、その10%相当額の消費税を、買い手は売り手に上乗せして支払わなければなりません。これは買い手にとって大きなキャッシュフロー負担となります。

M&A業界というキャリアパス

ここまでM&Aの仕組みについて解説してきましたが、最後に、このダイナミックな取引を裏で支える「M&Aアドバイザー」という仕事、そしてキャリアとしてのM&A業界について触れておきたいと思います。近年、その社会的意義の大きさと報酬の高さから、転職市場においてもっとも人気のある職種の一つとなっています。

 M&Aを支える専門家たち

M&Aは一人では完結しません。案件の発掘からクロージングまでを統括するM&Aアドバイザーを中心に、法務チェックを行う弁護士、財務調査を行う公認会計士、税務スキームを組む税理士、そして登記を行う司法書士など、各分野のプロフェッショナルがチームを組んで一つのディールを成し遂げます。

その中でも、M&Aアドバイザーは、売り手と買い手の間に立ち、交渉の最前線で指揮を執る「プロジェクトマネージャー」であり、もっとも人間力と総合力が問われるポジションです。

M&Aアドバイザーの仕事内容と求められるスキル

M&Aアドバイザーの仕事は、単なる企業の紹介業ではありません。

  1. 案件発掘:経営者に電話や手紙でアプローチし、M&Aの提案を行う。
  2. 提案・受託:企業の価値を算定し、M&A戦略を提案して契約を結ぶ。
  3. マッチング:数千社の候補から最適な相手を探し出す。
  4. 実行支援:トップ面談の調整、条件交渉、DD対応、契約書作成支援。
  5. クロージング:決済と引き渡しの立ち会い。

これらすべてのプロセスを一気通貫で担当する場合もあれば、ソーシングとエグゼキューションで分業する場合もあります。

求められるスキルは、財務・法務・税務の知識はもちろんですが、何よりも「経営者の懐に入り込む人間力」と「ハードな交渉をまとめ上げる調整力」、そして断られても折れない「グリット」です。経営者の人生そのものを扱う仕事であるため、中途半端な覚悟では務まらない厳しさがあります。

 M&A業界で働く魅力と報酬の背景

なぜ、M&A業界はこれほどまでに高年収なのでしょうか。

大手M&A仲介会社の平均年収は2,000万~3,000万円を超え、トッププレイヤーになれば年収1億円以上も珍しくありません。

その理由は、「生み出す付加価値の大きさ」にあります。M&Aは一回の取引金額が数億円から数十億円に及び、そこから発生する手数料も数千万円単位となります。会社に巨額の利益をもたらすため、その一部をインセンティブ(成功報酬)としてアドバイザーに還元するビジネスモデルが確立されているのです。

また、「廃業寸前の会社を救った」「企業の成長に貢献した」という社会的意義の実感も、この仕事の大きな魅力です。

未経験からM&A業界へ行く採用基準とルート

M&A業界は、実は「未経験者」を積極的に採用しています。

金融機関出身者はもちろんですが、キーエンス等のメーカー、不動産、商社、保険会社などで「圧倒的な営業実績」を残したトップセールスが、ネクストキャリアとして数多く参入しています。

採用基準で重視されるのは、M&Aの知識よりも、前職でどれだけの成果を出し、どれだけ高い目標を達成してきたかという「実績の再現性」と、激務に耐え得る「精神的・肉体的タフネス」です。

 M&A経験者が歩む「その後」のキャリア

M&Aアドバイザーとして経験を積むと、財務、法務、交渉力、そして経営者視点といった、ビジネスにおける最強のスキルセットが身につきます。

そのため、M&A業界での経験を活かしたキャリアパスには、以下のような選択肢があります。

  • PEファンド(プライベート・エクイティ):投資のプロとして企業価値向上に携わる。
  • CFO(最高財務責任者):ベンチャー企業等の財務戦略を統括する。
  • 起業・独立:自らM&Aブティックを立ち上げる、あるいは事業会社を経営する。
  • 事業承継:自らが経営者となり、中小企業を引き継ぐ。

M&A業界での経験は、単なる高収入を得る期間ではなく、一流のビジネスパーソン、あるいは経営者へと飛躍するための「修練の場」としての価値を持っています。

まとめ

本記事では「M&Aとは何か」という基本的な定義から、その目的、メリット・デメリット、具体的な手法(スキーム)、実行プロセス、そして企業価値評価や税務といった専門的な実務知識まで、M&Aの全体像を網羅的に解説してきました。

M&Aは、後継者不足という日本社会の課題を解決する手段であると同時に、企業の飛躍的な成長を実現するための攻めの戦略でもあります。

その道のりは決して平坦ではありません。複雑な法的手続き、タフな条件交渉、そして統合後の組織融合という壁が立ちはだかります。しかし、それらを乗り越えた先には、創業者にとっては「安心してバトンを渡せた」という安堵が、買い手にとっては「新しい未来への切符」が待っています。

本記事を通じて、M&Aというダイナミックな世界の奥深さと、その社会的意義を感じていただけたなら幸いです。

M&A業界への転職を考えるなら「ユニークボックス」へ

もし、あなたが本記事を読み進める中で、M&Aの仕組みや交渉プロセスそのものに知的好奇心を刺激され、企業の未来を左右する「M&Aアドバイザー」という仕事に自身の可能性を賭けてみたいと思われたなら、ぜひ専門のエージェントに相談することをお勧めします。

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